私には6歳の息子がいる。

今年4月に入学した時にはぬれたエナメルのように光っていたランドセルも、たった二ヶ月ほどであちこち擦り傷ができているのは、女の私には到底理解できない。

上靴を履いているはずなのにどうしてこんなに靴下が汚れるのか、ランドセルの横に引っかけている給食袋がどうして田んぼの泥水に浸かってくるのか、例を挙げればキリがないが、とにかく6歳の男の子なんて母親にとっては宇宙人のような存在なのだ。

彼が小学校に通うようになり、日中の私の自由時間も大幅に増えた。

これまで、昼間一人きりの間にあれをしようこれをしようと色々考えていたことはあるのだが、いざそうなってみると意外と何もできないまま終わったりする。

本を読んでみたり、庭の草木をいじってみたり、ごくたまにママ友とランチに出かけることもある。

でも、何をしていても折に触れて「息子の不在」を意識してしまう。

日がな一日家で一緒に過ごしていた頃は早く一人で自由に時間を使いたいと思っていたが、子どもが離れていくとやっぱり寂しいのが親心なのだろう。

ある日の朝、目覚まし時計が鳴っても起きてこない息子を起こしに寝室に上がった。

幸い息子は機嫌よくすぐに目を覚まし、すたすたと一階へ降りていく。

枕元に置いてあるペットボトルのお茶を持ち上げようとして布団に手をついた瞬間、ほんわかとした温かさが手に伝わった。

ついさっきまで息子が寝ていた布団に、彼の体温がまだ残っていたのだ。

私は思わず布団に頬を近づけ、汗と石けんが入り混じったような子供らしい匂いを静かに吸い込んだ。

息子本人はそこにはいないのだが、そのほのかな温度がとてもとても大切なもののように感じたのだ。

その時、中学生の時片思いしていた吉岡先輩のことを思い出した。

吉岡先輩は陸上部のエースだったのだが、私は生徒会の委員同士として彼のことを知っていた。

田舎の中学生だったので、気軽に異性の先輩に話しかけるなんて考えられなかったし、生徒会の委員会や奉仕活動の時ちょっと離れたところから見ているのがやっとだった。

そんなある時、生徒会で校内清掃をやる機会があった。

落ち葉を集め、草むしりをし、最後はそれらをごみ袋にまとめるのだが、軍手の数が足りず私は素手で木の枝を集めていた。

すると、その吉岡先輩が素手の私に気付き、「はい。」と言って彼が今まではめていた軍手を渡してくれたのだ。

大好きな吉岡先輩から声がかかったことに舞い上がり過ぎて、お礼すらきちんと言えていなかった気がする。

ぼーっとしていたら吉岡先輩への気持ちが周りにばれてしまうと思い、すぐその軍手を自分の手にはめたのだが、そこにはまだ吉岡先輩の手のぬくもりが残っていた。

それが嬉しくて嬉しくて、このままずっと軍手をはめたままでいたいと思ったのははっきり覚えている。

相手の存在そのものだけでなく、相手が残した温度にもいとしさを感じるのが片思いなのかもしれない。

6歳の息子はまだまだ無邪気に私に抱きついてきたり「だいすき!」と言ってくれたりするが、遠からず私の片思いになるのだ。

息子が残した布団のぬくもりは、そのことを私にまざまざと見せつけたようで、私はしばらく布団に顔をつけたままぼんやりしていた。